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今さら聞けない!?正しいマテリアルデザインとの付き合い方

マテリアルデザインとの正しい付き合い方

Googleの新しいデザインガイドラインとして先ごろ発表された「マテリアルデザイン」。早速この新しいトレンドを取り入れた事例や、スムーズに導入するためのフレームワークが紹介されたりするのを見かけますが、UIの開発に携わるクリエイターとしては、取り入れる前にその思想をしっかりと理解しておく必要があります。というわけで、思想の背景やデザインのポイント、注意点をまとめてみました。

マテリアルデザインが定義された背景

Googleの生み出すサービスは、もはやスマートフォンやタブレットやPC(Android OS)だけに限られたものではなく、腕時計やメガネといったウェアラブル(Google glass、Google Fit)、ハンズオンでの操作を可能にする自動車用システム(Android Auto)などなど、様々な分野に広がっています。

今後も更に様々なスクリーン環境、操作環境が増え続けるのは確実です。そこで、誰もが迷うことなく、尚且つどんな環境でも一貫したブランドを正確に分かりやすく伝えるUIを作成するための、根本的な思想を定義する必要がありました。そこで大きく、ビジュアル・モーション・インタラクションに分けてガイドラインとして定めたものが、マテリアルデザインと呼ばれるものです。

マテリアルデザインの哲学

Googleのデザイン担当ヴァイスプレジデントであるマティアス・デュアルテ氏へのインタビューがGizmodoに掲載されていますが、これを読むとマテリアルデザインの根本に流れる哲学を知ることができます。思想の源にあるのは「我々が生きている実在の世界にある物理的なルールをインターフェイスの中に取り入れ、考えることの負担を軽くする」ということです。

我々人間は生きている中で自然とこの現実世界のルールを学んでいます。光が当たっているものには影が付くというルール、ボールが転がると最初は勢いがあって最後はゆっくり止まるというルール、水面に何かが落ちれば波紋が広がるというルール。こういった現実世界のルールは我々がこの世に生きている以上は変わらないルールです。しかし、新しいOSや様々なサイズのスクリーン、数々のアプリケーションが増え続けるデバイスの世界においては、それぞれに独自のルールが適用されることが多々あります。そんな時に我々は「これはどう操作すればいいんだろう?」と悩んでしまうのです。

ここに現実世界にあるマテリアル(素材)という一定のルールを用いることで「考えることの負担を軽くする」というのがマテリアルデザインの哲学です。現実世界と同じく、触れるものには影があり、物が動く時には慣性があり、物は連続的に動いて消えたりしない、という法則をうまく利用することが、操作しやすいインターフェイスに繋がるということです。

ビジュアル・アニメーション・インタラクションの特徴

マテリアルデザインとの正しい付き合い方

ここまで読み解くと、appleのiOS6まで継続されてきたデザインのテイストであるスキュアモーフィズム(現実世界にある物の質感を取り込んだ視覚的なデザイン)と同じようにも聞こえますが、マテリアルデザインの一番の大きな違いは「脳が判断するのに必要とする分だけの、最低限のルールを利用する」ことと言えます。

ガラスでできたようなギラリとした光沢が無くても、うっすらとした影が付いたものがあるだけで、人はそれを「押せるボタン」と認識することができます。現実世界をそっくりそのまま再現するのではなく、理解に必要なルールを必要な分だけ取り入れるのが、マテリアルデザインの考え方と言えるでしょう。

少し気をつけておきたいのは、マテリアルデザインは根源となるルールをできるだけ分かりやすく定義するために、見た目をシンプルにすることに注力しています。今後また色々と環境が変わる中で、今とは違った見た目に変わるようなことも可能性としてゼロではないでしょう。ですから「フラットな面に少し影が付いて、キーカラー+グレーの配色で、クリックすると波紋が広がっているデザインがマテリアルデザイン」と、安易に解釈するのは危険です。変わらないのは、脳の判断を補助する最低限のルールを適用することと言えます。

アニメーションやインタラクションについてもビジュアルと同じく「脳が判断するのに必要とする分だけの最低限のルール」という考え方は共通しています。何かを操作している時に急に物が消えたり、違う場所に移動したりして「あれどこ行った? あ、ここか…」とならないために、アニメーションを利用するとあります。

ブランドが変わればデザインは変わる

違うブランドや会社でも同じ「マテリアル」の枠組みを使えるはずですが、会社が変われば違う使い方になる。

インタビューの中で注目すべき点として、こんな発言があります。この思想を私たちデザイナーやデベロッパーは深く認識しておく必要があります。

簡単に言うと、今Googleのサービスで適用されているマテリアルデザインは、Googleというブランドに最適化されたものであるということです。明るい楽観的な色使いや楽しくポップなアニメーションはまさにGoogleのブランドイメージ。ですから、今Googleのサービスに適用されているデザインをそっくりそのまま真似ると、Googleのブランドイメージになってしまうのです。

もちろん、定義されているグリッドシステムやカラースキームの使い方を闇雲に変えるのも間違っていますが、安易に出来映えだけを模すことは、マテリアルデザインの正しい使い方とは言えません。ブランドのイメージを適切に伝えるために、Googleが定義したグリッドシステムやカラースキームが使えるのであれば、そこはうまく利用するのが良いと思います。

最も優先すべきなのは、そのブランドが持つイメージを適切に伝えることであり、そこにマテリアルデザインの思想を適用するというのが正しい順序です。マテリアルデザインの哲学を抑えつつユーザ体験に一貫性を作りながら、如何にしてそのブランドのイメージを向上させるかが、マテリアルデザインとの正しい接し方だということを作り手として認識しておくべきでしょう。

…と、色々と思うところを述べてみましたが、私自身はこのデザインはとても良いなと感じています。マネーフォワードのデザインにマテリアルデザインを適用した例が先日紹介されていましたが、適用後は非常に洗練された印象になっていました。自分自身の制作の中にも、この考え方をうまく取り入れることにチャレンジしてみたいなと感じました。


デザイナーの成長を大きく左右する「技術力」以外に必要なもう一つの力

デザイナーにとって技術力以外に必要な力とは?

ネット上に溢れ返る「技術力」のヒント

昨今のネット上には、デザイン制作のTIPSやテクニック、フリーの素材やツールをまとめた記事が毎日のようにアップされ続けています。私が働きはじめた2002年の頃はそういったネット上での情報は今ほど豊富ではなく、デザイナーにとっては手軽に有益な情報を得られる便利な時代になったと感じます。

なぜ我々はこういった情報を収集し続けるのか?と考えてみると、それはひとえに「デザインが上手くなりたい」という想いがあるからと言えます。一目見ただけで心を惹き付けて離さないデザイン。デザインの力と魅力を知っているからこそ、その力を自分でも発揮したいと思い、我々は日々自分自身のデザインの腕を磨いているのだと思います。

私もデザイナーとして12年間働いていますが、常に「デザインが上手くなりたい」と考え続けてきました。しかしここ数年で、デザイン力をアップさせるためにはそういったTIPSやテクニック、いわゆる「技術力」を追うだけでは、デザイナーとしての成長に限界があると感じるようになりました。

ヤマアラシのジレンマ

では技術力意外に必要なものとは何でしょう?最近読んだ本、田坂広志著「仕事の思想」の中に、ドイツの哲学者ショーペンハウエルが残した寓話「ヤマアラシのジレンマ」という話が紹介されています。技術力以外に必要な力はこの話の中にヒントがありますので、その一節をご紹介します。

「あるところに2匹のヤマアラシが住んでいました。冬の朝とても寒いので、2匹のヤマアラシは互いに暖め合おうとして身を寄せ合いました。しかしあまりに近くに身を寄せ合ったため、2匹のヤマアラシは自分の体に生えている針によって互いに相手を傷つけてしまいました。その痛みで互いに相手から離れたのですが、今度はまた寒くてたまらなくなりました。そこで再び身を寄せ合おうとしますが、また互いを自分の針で相手を傷つけてしまうのです。こうして2匹のヤマアラシは、離れたり近づいたりすることを繰り返し、ついに最適な距離を見つけ出したのです。現代の職場においては、このショーペンハウエルが示す寓話「ヤマアラシのジレンマ」が溢れています。」

デザイナーにとってもう一つの大切な力「人間力」

この話をデザイナーの職場に置き換えてみましょう。デザイナー自身が1匹目のヤマアラシだとすると、2匹目のヤマアラシは上司や部下、お客様といった、デザインを共に作り上げる上での仲間たちと言えます。

そいった相手と共に良いデザイン、話の中の言葉で言うなら「最適な距離」を見つけ出そうとすると、互いに対話を重ねて正直な意見をぶつけ合うこと、話の中の言葉で言うなら「身を寄せ合うこと」が必要になります。対話を重ねるのには大きなエネルギーを要します。時に互いの意見に納得がいかず、悶々とすることもあるでしょう。話の中の言葉で言うなら「体の針で相手を傷つけること」と言えます。

デザインの現場で意見が食い違った時、自分の意見を否定された時、「コイツは俺のデザインを分かってない」「分かってない人と話を続けても仕方がない」「もう面倒くさいから言われた通りにやるか…」と、自ら相手との距離をとってしまうと、話の中で言う「最適な距離」を見つけられず、寒くて凍えてしまうでしょう。

そういった意見が食い違う状況であっても、「この人の言葉の裏に隠れた想いは何だろう?」「自分の方に何らかの配慮が足りないんじゃないか?」「ここは一歩自分の方が歩み寄ってみよう」という具合に、互いが暖かく感じる最適な距離を探し続けるための行動が、デザイナーには求められます。時にトゲトゲと痛みを伴う歩みよりにも屈しない精神的な強さ、この本の中ではこれを「人間力」と呼んでいます。

技術力と人間力がデザイナーの総合力

最初に述べた「技術力」に加えて、この「人間力」が伴わなければ、デザイナーとしての成長はある段階で止まり、伸び悩むことになります。人間力が伴うことで、様々な困難な状況を一生懸命乗り越えて、お客様や自分のチーム、皆が暖かくなるデザインを作り出すことができるのだと思います。…と、ここまでデザイナーの話に例えてきましたが、そもそものところで言うとこの話はどんな仕事にも共通していることとも言えそうです。

デザイン力をアップしたいと日々考えている方には、「技術力」の強化とともに、この「人間力」の強化についての考えを深めることを意識すると良いと思います。


デザイナーが「文章を書くこと」とは?

デザイナーが「文章を書くこと」とは?

元々文章を書くことは嫌いではないのですが、数年前までは必要に迫られなければ、文章を書くという機会を意識的に増やすことはありませんでした。しかし、ここ数年はその機会を増やすようにしていて、そういえば滅多に更新していない自分のブログがあったと思い出したので、手始めにその「書くということ」について書いてみたいと思います。

「考えている」にもレベルがある

まずここ数年で、なぜ文章を書くことが重要だと思ったのか?という話ですが、一番の理由は「人にスラスラ説明するためには、頭の中で考えていてもまとまっていないことがあるから」だと考えています。私の職業はデザイナーですので、デザインのアイデアなんかを頭の中でもやもやと練っていても、いざ人に「それってどんな表現?」と聞かれてスムーズに言葉にできないのは致命的な欠点と言えます。

「考えている」という言葉にもレベルがあり、伝えたいことがまとまっていなくて考え中の状態でも「考えている」と言えますし、第三者に分かりやすくスムーズな言葉で伝えることができるレベルでも「考えている」の範囲に入ります。人に何かを伝える時に必要なのは、もちろん後者の考えの深さです。

人によっては、特に文章に書き出すようなことをしなくてもスラスラと説明できる人もいるでしょう。しかし「説明してください」と言われてスムーズに論じることができない人もいます。それは、「考える」というレベルの深さに違いがあると私は考えています。

文章を書くことで自分を客観視できる

一番の理由はそんなところなのですが、文章を書くことにはその他にも「自分の思いを改めて客観的に見ることができる」というメリットもあります。一旦文章にまとめることで、脳から外部メモリに保存できます。忘れたころにでもその文章を見直せば、その時の自分自身を考えを客観的に見つめることができます。こうして自分自身を客観視する手法としても、文章書くことは良いことだと思います。

所属しているbaigieでは、毎日の終わりに日報という形で自分の想いを文章にまとめているのですが、元々文章を書くことが嫌いではない自分にとっては、自分の考えをアウトプットする上での良い鍛錬になっていると感じています。ちなみに書き始めた3年ほど前の文章を見返してみると、事務的な作業報告のような文章でした。しかし書き続けることで、自然と自分の考えをまとめて整理する機会に使う方向にシフトしていったようです。

考えを人に説明できるレベルまでまとめれば、人に対して自信をもって主張することができます。どんな職業でも、自分の考えをきちんと主張するということは大切なことです。その主張の土台作りのためにも、文章を書くことは非常に有効な鍛錬なのではないかと感じています。

このブログも元々は、文章を書いて考えをまとめて定期的に発信していくことで、自分自身の思考を形作って行くことを目的にしていました。しかし長文を書こう、と意識するあまりに更新頻度が減ってハードルが高くなり、結果的にあまり活用できていませんでした。もっともっと自分の思考を形作っていくために、文章にまとめる機会として活用したいと思います。

ちなみに私のbaigieでの日報はこんな感じです。


ウェブデザインに応用するデザインの4つの基本原則

ウェブデザインに応用するデザインの4つの基本原則

根本的な考え方の指針となる、デザインの4つの基本原則

あなたは後輩のデザイナーにどのようにデザインを指導していますか?または、先輩デザイナーからどういった指導を受けましたか?その時、どんなことが指針になりましたか?

私の所属するbaigieは先日オフィス拡張のための引越しを終え、新しいスタッフを迎え入れる体制が整いました。今後は新たなデザイナーの方を迎えて、制作の体制をさらに強化していく予定です。ここで冒頭でも触れた件ですが、先輩であるデザイナーは後から入った後輩に説得力をもって「デザインとはこうあるべきだよ」という説明ができなければなりません。

「なんとなくこっちの方がかっこいいでしょ?」「これは俺の経験から見てナシだなあ」といった具合に、論理的な説得力が無い説明で伝えても、それは後輩デザイナーに間違ったデザインの考え方を植え付け、その場しのぎの考え方を周囲にまで蔓延させることにもつながります。

私がここで大切にしている考え方の一つとして「デザインの4つの基本原則」があります。既にネット上では多くのまとめが存在していてご存知の方も多いと思いますが、この原則はウェブサイトのデザインを作る際にも非常に重要な考え方の指標になります。今回は「ウェブサイトのデザイン」に4つの基本原則を応用した際にどうなるのかを紐解いて、ポイントとなる部分をスライドにまとめてみました。

原則を共有する強み

基本原則をスタッフの間で共有することで、考えの源に共通の「考え方の根」ができます。同じ根から派生した思考の枝葉は、大きい・小さいといった違いはあれど、まったく違った形に生まれることはありません。逆にまったく違った姿形の枝葉を同じ形にそろえるには、相当なコミュニケーションと互いの歩み寄りが必要になります。多くのスタッフで共に仕事を進める際には、早い段階でこういった原則をしっかりと共有しておくことが、のちのちの大きなコミュニケーションコストの削減にもつながると思います。

というわけでこの機会に改めて、デザインの4つの基本原則をしっかりと見つめ直してみてはいかがでしょうか。

ウェブデザイナー募集のお知らせ

最後にお知らせですが、私の所属するbaigieで一緒に働くウェブデザイナーを募集しています。もちろん、上記のような基本原則もしっかりと共有したいと考えています。募集要項を読んで興味を持たれた方はぜひぜひご応募ください。

株式会社ベイジの採用情報


甲谷一さんの講演「1テーマで何案も作れるようになるグラフィックデザイン講座」

1テーマで何案も作れるようになるグラフィックデザイン講座

2ヵ月近く経ってしまいましたが、1月25日(土)に青山ブックセンター本店で開かれた甲谷一さん(Happy and Happy)の講演「1テーマで何案も作れるようになるグラフィックデザイン講座」に参加してきました。

甲谷さんはタイポグラフィを得意としたグラフィックデザインが有名で、ロゴやタイポグラフィに関する書籍も多数出版されています。これまで書籍を手に取ったり、雑誌でお見かけしてインタビューを拝見したりといった機会はありましたが、ご本人が登壇されてお話される機会にはなかなか巡り会うことがなかったので、とても楽しみにしつつ参加してきました。

講演の内容は、甲谷さんの近年の実績3つを紹介しつつ、デザインノート編集長の三嶋康次郎さんがインタビュアーとして甲谷さんに質問していく形で進められました。

まずひとつ目の実績は、瀬戸内海の直島に作られた、建築家安藤忠雄さんの美術館「ANDO MUSEAM」のロゴ。ふたつ目は、ピタゴラスイッチやTECNEといったNHKのテレビ番組を海外向けのパッケージとして販売する商品「E-CREATIVE」のロゴ。3つ目は、和風テイストなグラフィックを集めたデザインの参考書籍「和のデザイン」の装丁。どれも甲谷さんの深い思考と豊かなアイデア、グラフィックのパワーが詰まった魅力的なお仕事でした。

ここでご紹介できないのがとても残念なのですが、実際に提案された資料や採用に至らなかった別案なども見ることができ、最終案に至るまでにどんな経緯があったのかを垣間みることができ、とても参考になりました。

ANDO MUSEUM
ANDO MUSIEUMのロゴ

  • 甲谷さんを含め、3名のクリエイターに指名されたロゴ制作のコンペティション。
  • クライアントからのオーダーは、文字のみのロゴであること、オーソドックスであること、担当デザイナーの個性を表現したようなものにならないこと、といった内容があった。
  • ミュージアムの特徴である、外観が日本家屋、内部は安藤建築の特徴でもあるコンクリートという建物自体の二重構造を、セリフ体とサンセリフ体を融合させた「二重構造」で表現。
  • 文字の細い線と太い線で、同じく安藤建築の特徴である「光と影」を表現。
  • パンフレットやポスターにおていも、安藤建築における特徴と言える「光と影」「幾何学な形」といったキーワードを元に表現を模索。

ANDO MUSEUM
E-CREATIVEのロゴ / 書籍「和のデザイン」の装丁

ここではご本人の説明の中から、制作のポイントとなる部分をまとめる形でご紹介します。

ターゲットの思想や哲学まで調べ尽くす、徹底的な事前調査

ANDO MUSEUMのロゴ制作は、オリエンの段階で得られた情報がとても少なかったため、実際の制作に入る前に安藤さんに関わる様々な書籍を読んだり、安藤さんが手がける他の美術館のロゴをリサーチしたりと、時間をかけて徹底的に研究を重ねた、とのことでした。

また1ヶ月の間、他の仕事をしつつもずっとこのプロジェクトのことを考え続けていた、とも仰っていました。もちろん時間をかければ良いものができるというわけではありませんが、ある程度調査に時間を確保することはとても大切なことです。

その中で事前にクライアントの哲学や考え方を調査して、自分の中に知識を土台として築くことは、制作する際の揺るぎない道しるべになります。この作業はとても重要だと改めて感じました。

人柄や好みまで見抜いた上での、丁寧で的確なコミュニケーション

甲谷さんはプロジェクト関係者の方と、とても丁寧にコミュニケーションをとっておられる印象でした。打ち合わせの際、担当者の方とはプロジェクトの話だけでなく、雑談も交えてコミュニケーションをとることで、クライアントはどんな性格でどういったものを好むのか?といったところまで細かくチェックしておられるそうです。そこで得た情報は、制作する際の重要なヒントとして活かされます。登壇の中では、このポイントを物語るエピソードがありました。

ANDO MUSEUMのロゴ制作の際には、直接ご本人に会ってプレゼンテーションできない形式だったそうです。提案書は間に介在されている事務所に郵送され、人伝いに安藤さんの手元に渡ることになりました。提案書の中にはタイポグラフィに関する多くの専門的な説明もあったのですが、事前に安藤さんの情報を収集したことで「安藤さんはこの専門的な内容でも理解できる方だ」と確信を持って提案した、とのことでした。

結果、見事に甲谷さんのロゴが採用されたことを考えると、事前に安藤さんの人物像・思想をしっかりと捉えた上で的確にコミュニケーションをとったことが重要だったとわかります。

物事を多面的に捉え、様々な可能性を幅広く検証する

決定案とは別に15案以上の別案を作成して提案されています。

デザイナーが良いと思った方向性が、必ずしも1度でビシッとお客様の考え方と一致するとは限りません。A案が望まれる可能性が最も高いだろうと考えたとしても、B案の方向性も考えられる場合には、そちらもきちんと検証して提案することが重要です。ANDO MUSEUMのロゴ制作以外で紹介された実績でも多くの別案を提案されていましたが、その一つ一つのクオリティの高さと明確な方向性の違いは、プレゼンされる側の立場に立つととても楽しいだろうなぁと感じました。

甲谷さんの制作に対する姿勢に一貫して感じられる素晴らしい点は、この「可能性の検証」が徹底されていて、検証の結果が最高に研ぎ澄まされた状態で複数のデザイン案に落とし込まれているところです。今回の講座のテーマでもある「複数の案を作るための方法」で見習うべきところだと感じました。

”想いを汲み取る力”と”主張する力”

今回の講演は、複数案作るための実際の細かいテクニックよりも、デザイナーとしてどういう姿勢でお客様と接し、デザイン案を作るべきか?という、マインドの部分が強い講演だったと感じます。

講演の中で甲谷さんは「デザイナーは担当者や消費者の声に耳を傾けて”想いを汲み取る力”と、自分の作った物に対する想いの強さを”主張する力”、両面が必要だ」と述べられていました。これは私の所属する会社でも非常に大切にしている考え方であり、とても共感できました。

お客様からの注文は的確な指示でなく、ふわっとしたニュアンスで伝えられることもあります。デザイナーは言われた通り指示をただただ作るのではなく、その言葉の裏に隠された想いや熱意を汲み取って、形にしていくべきです。それが”想いを汲み取る力”です。

また、作ったものに対してお客様から反論を受けることももちろんあります。その際、「はい、わかりました」「その通り修正します」と素直に聞き入れてしまうのではなく、「そこは○○な意図があるので、○○であるべきだと思いますがいかがでしょうか?」という具合に切り返すことも大切です。これが”主張する力”です。

こういった姿勢が伴ってこそ、ただ数を出すだけでない、お客様の選択肢として意味のある複数案が作成できるのだと思いました。

お客様にとっては、沢山の案を見ることが目的ではありません。提案した案の中に、お客様自身も気づかないプロフェッショナルとしてのデザイナーの視点と、お客様の立場に立って心底頭をひねって考えた結果が伴うことが重要です。今回の講演は複数案を作る上で、デザイナーとしての大切な姿勢を学ぶことができたすばらしい内容だったと思いました。

ちなみに、出版された「ABC案のレイアウト: 1テーマ×3案のデザインバリエーション」
も購入しました。こちらは実際に複数案作成する際の具体的なテクニックが沢山掲載されています。実際に各案の違いの出し方で迷っている方には特に役立つ内容だと思います。こちらもぜひ参考にされると良いと思います。

またNHKのサイト内で紹介されている、甲谷さんが担当されたNHKの「クローズアップ現代」のロゴの作成エピソード(番組ロゴのタブをクリック)も併せて読むと面白いのでオススメです。


デザイン提出時にチェックすべき2つの要素

デザインが通らない理由は?

私は日々、主にウェブ制作において、デザイナー・アートディレクターとしてデザインを制作しています。作りだしたデザインは、社内で共にプロジェクトを進めるスタッフに説明し、その先でクライアントに説明し、最終的に全ての人から「このデザインでいきましょう」と了承をもらえて、晴れて世の中にお披露目となります。

しかし、提案しても「このデザインではダメ」「これでは承認できない」と言われることももちろんありますよね。そんな時は、悔しい想いを抑えつつもアイデア出しを重ね、納得してもらえるものを作りださなければなりません。

クライアント、共に仕事を進めるスタッフ、またその先のユーザ、皆が納得し、共感できるデザインとはどんなデザインなのでしょうか。またそのデザインを作る上で、デザイナーが身につけなければならない力には、何があるのでしょうか。少々ざっくりとしたテーマですが、じっくり考えてみたいと思います。

デザインの良し悪しを左右する2つの力

私のデザイナーとしてのキャリアは約10年なのですが、その中で様々な優秀なデザイナーの方の考え方に触れる機会がありました。中でも私が最も共感できた考え方は、良いデザインは「造形としての美しさ」と「考え抜かれたコンセプト」の2つの力で構成されているという考え方です。

「造形としての美しさ」とは、ひと目見た瞬間、理由よりも先に、とにかく惹きつけられる、魅力を感じる、心がドキドキするといった、見る人の感覚に無条件に訴えかける力です。

そしてもう一つの力、「考え抜かれたコンセプト」とは、その色・形にした理由、その造形に至った経緯を説明した言葉・文章です。

この2つの力が高いレベルで備わった時、お客さまや社内で共にプロジェクトを進めるスタッフ、またその先の商品を使う消費者、ウェブサイトを見る人の心に響くと考えられます。

2つの力のバランス

前述した2つの力のバランスをが悪いと、どういったことになるのでしょうか。一つずつ考えてみましょう。

まずは造形として美しいけれど、コンセプトが弱いというケース。稀にお客さまの中には、ひと目見てフィーリングで「気に入った!これで行こう!」という方もいらっしゃるかもしれませんが、多くの方にデザインを提案していく上では、論理的な根拠が無ければ説得力がありません。

もう一つは論理立てたコンセプトはあるものの、見た目がいまひとつ…というケース。この場合は言わずもがな、直観的にNGとされる場合が多いです。クライアントには論理立てた説明をして、承認を得て運よく世の中に出回ったとしても、最終的にそのデザインに触れるユーザが見た場合に、理解できないことになります。

こういったケースに陥らないためにも、「造形としての美しさ」と「考え抜かれたコンセプト」、この2つの要素を最適なバランスで満たすことが、良いデザインであると言えます。

実例で検証してみよう

前述した2つの要素を、ここではロゴのデザイン(CI・VI)で検証してみましょう。ご紹介する事例のコンセプトは、それぞれ作られたデザイナーさんのサイトや本から引用させていただきました。「造形としての美しさ」という点では個人的な好みの部分ももちろんありますが、私が良いと思う3つの実例を通して、考えをさらに深めることができればと思います。

例1)イナダ組

AD/D:上田亮(COMMUNE

イナダ組という劇団のシンボルマークです。コンセプトは、劇団の根本にある「演じる」ということ、普段の自分を捨て、もう一つの自分に成り切ることを、シンボルマークでも表現したい、という考えが核になっています。このシンボルのアイデアは、アルファベットが日本語のカタカナや漢字に「成り切って演じている」というもの。欧文書体のパーツを組み合わせ、日本語の形を作り、「演じる」というコンセプトを見事にシンボルの中に凝縮したところに素晴らしさがあります。造形としても非常にユニークで、魅力的です。

例2)NHK BSプレミアム

AD/D:甲谷一(Happy and Happy

こちらはNHKのBSプレミアムのロゴです。BSプレミアムは「紀行・自然・美術・歴史・宇宙・音楽・シアター」の7つのテーマにこだわった、本物志向の娯楽チャンネル。3本のラインはそれぞれ「高品質」「多彩さ」「こだわり(厳選)」を意味していて、3本のラインが未来へと向かっていく姿を、「P」の文字をモチーフに表現されています。また、ゴールドの配色には「永遠」「輝き」を表しています。このシンボルマークを見た時、まずその造形の美しさに惹かれました。そしてその形である理由、コンセプトを知り、さらにこのマークの魅力が大きくなりました。

例3)そろそろひるめし

AD/D:荒砂智之(baigie

最後の一つ、こちらは私が2年ほど前に運営していた、東京都港区赤坂でのランチの記録を綴ったサイト、そろそろひるめし@赤坂のシンボルマークです。ターゲットは赤坂で働くビジネスマン。日々仕事に追われる忙しい毎日の中、ランチタイムくらいは共に働く仲間と美味しいご飯を囲み、和やかな時間を過ごしてもらいたい。サイトから感じてもらいたい楽しさ、和やかさ、安心感を、ランチを示す「昼」という漢字と、どこか人を安心させる表情の「顔」を組み合わせて表現しました。

3つの実例はいかがだったでしょうか。特に最初の2つの実例は、造形としての美しさと考え抜かれたコンセプト」が、とても高いレベルで共存していると思います。3つ目の例は手前味噌ですが、最初の2つの実例のクオリティに少しでも近づきたいと考えて作ったもので、サイトを見ていただいたいろんな方々から良い反響をいただきました。その時、この記事で述べている2つの力の考え方に確信を持ったのです。

2つの力を身につけるためにデザイナーがすべきこと

まとめとして、前述した2つの力を高いレベルで身に付けるために、具体的にデザイナーがやるべきことを考えてみたいと思います。

造形としての美しいものを作る力を身につけるためにすべきことは「表現力の探究」です。自分がそれまで培ってきた技術におぼれることなく、常に優れたデザインを沢山見て、見るだけでなく何が凄いのか、何が魅力的なのかを分析し、アウトプットする習慣を付けることが重要です。特に若手と呼ばれる時期を過ぎて幾つかの成功体験を得た人は、自分の経験則のみで物事を判断してしまいがち。自分の力を過信することなく、貪欲にいろんなものを吸収する姿勢が重要です。

そして、考え抜かれたコンセプトを提案するために習得すべきことは「自分の考えを言葉・文章に置き換える力」です。デザインを作った時、なんとなく感じるままに、なんとなくPC上で形作ることもあるでしょう。しかし、伝えたい相手にコンセプトを説明する上では、きちんと自分の考えを言葉・文章にまとめなくてはなりません。この力を鍛えるためには、お客様や社内のスタッフにデザインを共有する時に、必ず自分の言葉で説明を付け加えて共有する癖を付け、トライ&エラーを繰り返すと良いと思います。

デザインの提出時には、この2つの要素がバランスよく備わっているかチェックしてみることをオススメします。


まじめにブログをはじめます。

はじめまして。

ベイジのアートディレクター・デザイナーの荒砂智之と申します。

主にデザインのことについて、色々と考えるところを文章にまとめたいと考えています。が、どんな形になるかは分かりません。全く違った展開になるも良し、楽しみながら続けていけたらと思います。どうぞよろしくお願いします。