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甲谷一さんの講演「1テーマで何案も作れるようになるグラフィックデザイン講座」

1テーマで何案も作れるようになるグラフィックデザイン講座

2ヵ月近く経ってしまいましたが、1月25日(土)に青山ブックセンター本店で開かれた甲谷一さん(Happy and Happy)の講演「1テーマで何案も作れるようになるグラフィックデザイン講座」に参加してきました。

甲谷さんはタイポグラフィを得意としたグラフィックデザインが有名で、ロゴやタイポグラフィに関する書籍も多数出版されています。これまで書籍を手に取ったり、雑誌でお見かけしてインタビューを拝見したりといった機会はありましたが、ご本人が登壇されてお話される機会にはなかなか巡り会うことがなかったので、とても楽しみにしつつ参加してきました。

講演の内容は、甲谷さんの近年の実績3つを紹介しつつ、デザインノート編集長の三嶋康次郎さんがインタビュアーとして甲谷さんに質問していく形で進められました。

まずひとつ目の実績は、瀬戸内海の直島に作られた、建築家安藤忠雄さんの美術館「ANDO MUSEAM」のロゴ。ふたつ目は、ピタゴラスイッチやTECNEといったNHKのテレビ番組を海外向けのパッケージとして販売する商品「E-CREATIVE」のロゴ。3つ目は、和風テイストなグラフィックを集めたデザインの参考書籍「和のデザイン」の装丁。どれも甲谷さんの深い思考と豊かなアイデア、グラフィックのパワーが詰まった魅力的なお仕事でした。

ここでご紹介できないのがとても残念なのですが、実際に提案された資料や採用に至らなかった別案なども見ることができ、最終案に至るまでにどんな経緯があったのかを垣間みることができ、とても参考になりました。

ANDO MUSEUM
ANDO MUSIEUMのロゴ

  • 甲谷さんを含め、3名のクリエイターに指名されたロゴ制作のコンペティション。
  • クライアントからのオーダーは、文字のみのロゴであること、オーソドックスであること、担当デザイナーの個性を表現したようなものにならないこと、といった内容があった。
  • ミュージアムの特徴である、外観が日本家屋、内部は安藤建築の特徴でもあるコンクリートという建物自体の二重構造を、セリフ体とサンセリフ体を融合させた「二重構造」で表現。
  • 文字の細い線と太い線で、同じく安藤建築の特徴である「光と影」を表現。
  • パンフレットやポスターにおていも、安藤建築における特徴と言える「光と影」「幾何学な形」といったキーワードを元に表現を模索。

ANDO MUSEUM
E-CREATIVEのロゴ / 書籍「和のデザイン」の装丁

ここではご本人の説明の中から、制作のポイントとなる部分をまとめる形でご紹介します。

ターゲットの思想や哲学まで調べ尽くす、徹底的な事前調査

ANDO MUSEUMのロゴ制作は、オリエンの段階で得られた情報がとても少なかったため、実際の制作に入る前に安藤さんに関わる様々な書籍を読んだり、安藤さんが手がける他の美術館のロゴをリサーチしたりと、時間をかけて徹底的に研究を重ねた、とのことでした。

また1ヶ月の間、他の仕事をしつつもずっとこのプロジェクトのことを考え続けていた、とも仰っていました。もちろん時間をかければ良いものができるというわけではありませんが、ある程度調査に時間を確保することはとても大切なことです。

その中で事前にクライアントの哲学や考え方を調査して、自分の中に知識を土台として築くことは、制作する際の揺るぎない道しるべになります。この作業はとても重要だと改めて感じました。

人柄や好みまで見抜いた上での、丁寧で的確なコミュニケーション

甲谷さんはプロジェクト関係者の方と、とても丁寧にコミュニケーションをとっておられる印象でした。打ち合わせの際、担当者の方とはプロジェクトの話だけでなく、雑談も交えてコミュニケーションをとることで、クライアントはどんな性格でどういったものを好むのか?といったところまで細かくチェックしておられるそうです。そこで得た情報は、制作する際の重要なヒントとして活かされます。登壇の中では、このポイントを物語るエピソードがありました。

ANDO MUSEUMのロゴ制作の際には、直接ご本人に会ってプレゼンテーションできない形式だったそうです。提案書は間に介在されている事務所に郵送され、人伝いに安藤さんの手元に渡ることになりました。提案書の中にはタイポグラフィに関する多くの専門的な説明もあったのですが、事前に安藤さんの情報を収集したことで「安藤さんはこの専門的な内容でも理解できる方だ」と確信を持って提案した、とのことでした。

結果、見事に甲谷さんのロゴが採用されたことを考えると、事前に安藤さんの人物像・思想をしっかりと捉えた上で的確にコミュニケーションをとったことが重要だったとわかります。

物事を多面的に捉え、様々な可能性を幅広く検証する

決定案とは別に15案以上の別案を作成して提案されています。

デザイナーが良いと思った方向性が、必ずしも1度でビシッとお客様の考え方と一致するとは限りません。A案が望まれる可能性が最も高いだろうと考えたとしても、B案の方向性も考えられる場合には、そちらもきちんと検証して提案することが重要です。ANDO MUSEUMのロゴ制作以外で紹介された実績でも多くの別案を提案されていましたが、その一つ一つのクオリティの高さと明確な方向性の違いは、プレゼンされる側の立場に立つととても楽しいだろうなぁと感じました。

甲谷さんの制作に対する姿勢に一貫して感じられる素晴らしい点は、この「可能性の検証」が徹底されていて、検証の結果が最高に研ぎ澄まされた状態で複数のデザイン案に落とし込まれているところです。今回の講座のテーマでもある「複数の案を作るための方法」で見習うべきところだと感じました。

”想いを汲み取る力”と”主張する力”

今回の講演は、複数案作るための実際の細かいテクニックよりも、デザイナーとしてどういう姿勢でお客様と接し、デザイン案を作るべきか?という、マインドの部分が強い講演だったと感じます。

講演の中で甲谷さんは「デザイナーは担当者や消費者の声に耳を傾けて”想いを汲み取る力”と、自分の作った物に対する想いの強さを”主張する力”、両面が必要だ」と述べられていました。これは私の所属する会社でも非常に大切にしている考え方であり、とても共感できました。

お客様からの注文は的確な指示でなく、ふわっとしたニュアンスで伝えられることもあります。デザイナーは言われた通り指示をただただ作るのではなく、その言葉の裏に隠された想いや熱意を汲み取って、形にしていくべきです。それが”想いを汲み取る力”です。

また、作ったものに対してお客様から反論を受けることももちろんあります。その際、「はい、わかりました」「その通り修正します」と素直に聞き入れてしまうのではなく、「そこは○○な意図があるので、○○であるべきだと思いますがいかがでしょうか?」という具合に切り返すことも大切です。これが”主張する力”です。

こういった姿勢が伴ってこそ、ただ数を出すだけでない、お客様の選択肢として意味のある複数案が作成できるのだと思いました。

お客様にとっては、沢山の案を見ることが目的ではありません。提案した案の中に、お客様自身も気づかないプロフェッショナルとしてのデザイナーの視点と、お客様の立場に立って心底頭をひねって考えた結果が伴うことが重要です。今回の講演は複数案を作る上で、デザイナーとしての大切な姿勢を学ぶことができたすばらしい内容だったと思いました。

ちなみに、出版された「ABC案のレイアウト: 1テーマ×3案のデザインバリエーション」
も購入しました。こちらは実際に複数案作成する際の具体的なテクニックが沢山掲載されています。実際に各案の違いの出し方で迷っている方には特に役立つ内容だと思います。こちらもぜひ参考にされると良いと思います。

またNHKのサイト内で紹介されている、甲谷さんが担当されたNHKの「クローズアップ現代」のロゴの作成エピソード(番組ロゴのタブをクリック)も併せて読むと面白いのでオススメです。


デザイン提出時にチェックすべき2つの要素

デザインが通らない理由は?

私は日々、主にウェブ制作において、デザイナー・アートディレクターとしてデザインを制作しています。作りだしたデザインは、社内で共にプロジェクトを進めるスタッフに説明し、その先でクライアントに説明し、最終的に全ての人から「このデザインでいきましょう」と了承をもらえて、晴れて世の中にお披露目となります。

しかし、提案しても「このデザインではダメ」「これでは承認できない」と言われることももちろんありますよね。そんな時は、悔しい想いを抑えつつもアイデア出しを重ね、納得してもらえるものを作りださなければなりません。

クライアント、共に仕事を進めるスタッフ、またその先のユーザ、皆が納得し、共感できるデザインとはどんなデザインなのでしょうか。またそのデザインを作る上で、デザイナーが身につけなければならない力には、何があるのでしょうか。少々ざっくりとしたテーマですが、じっくり考えてみたいと思います。

デザインの良し悪しを左右する2つの力

私のデザイナーとしてのキャリアは約10年なのですが、その中で様々な優秀なデザイナーの方の考え方に触れる機会がありました。中でも私が最も共感できた考え方は、良いデザインは「造形としての美しさ」と「考え抜かれたコンセプト」の2つの力で構成されているという考え方です。

「造形としての美しさ」とは、ひと目見た瞬間、理由よりも先に、とにかく惹きつけられる、魅力を感じる、心がドキドキするといった、見る人の感覚に無条件に訴えかける力です。

そしてもう一つの力、「考え抜かれたコンセプト」とは、その色・形にした理由、その造形に至った経緯を説明した言葉・文章です。

この2つの力が高いレベルで備わった時、お客さまや社内で共にプロジェクトを進めるスタッフ、またその先の商品を使う消費者、ウェブサイトを見る人の心に響くと考えられます。

2つの力のバランス

前述した2つの力のバランスをが悪いと、どういったことになるのでしょうか。一つずつ考えてみましょう。

まずは造形として美しいけれど、コンセプトが弱いというケース。稀にお客さまの中には、ひと目見てフィーリングで「気に入った!これで行こう!」という方もいらっしゃるかもしれませんが、多くの方にデザインを提案していく上では、論理的な根拠が無ければ説得力がありません。

もう一つは論理立てたコンセプトはあるものの、見た目がいまひとつ…というケース。この場合は言わずもがな、直観的にNGとされる場合が多いです。クライアントには論理立てた説明をして、承認を得て運よく世の中に出回ったとしても、最終的にそのデザインに触れるユーザが見た場合に、理解できないことになります。

こういったケースに陥らないためにも、「造形としての美しさ」と「考え抜かれたコンセプト」、この2つの要素を最適なバランスで満たすことが、良いデザインであると言えます。

実例で検証してみよう

前述した2つの要素を、ここではロゴのデザイン(CI・VI)で検証してみましょう。ご紹介する事例のコンセプトは、それぞれ作られたデザイナーさんのサイトや本から引用させていただきました。「造形としての美しさ」という点では個人的な好みの部分ももちろんありますが、私が良いと思う3つの実例を通して、考えをさらに深めることができればと思います。

例1)イナダ組

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イナダ組という劇団のシンボルマークです。コンセプトは、劇団の根本にある「演じる」ということ、普段の自分を捨て、もう一つの自分に成り切ることを、シンボルマークでも表現したい、という考えが核になっています。このシンボルのアイデアは、アルファベットが日本語のカタカナや漢字に「成り切って演じている」というもの。欧文書体のパーツを組み合わせ、日本語の形を作り、「演じる」というコンセプトを見事にシンボルの中に凝縮したところに素晴らしさがあります。造形としても非常にユニークで、魅力的です。

例2)NHK BSプレミアム

AD/D:甲谷一(Happy and Happy

こちらはNHKのBSプレミアムのロゴです。BSプレミアムは「紀行・自然・美術・歴史・宇宙・音楽・シアター」の7つのテーマにこだわった、本物志向の娯楽チャンネル。3本のラインはそれぞれ「高品質」「多彩さ」「こだわり(厳選)」を意味していて、3本のラインが未来へと向かっていく姿を、「P」の文字をモチーフに表現されています。また、ゴールドの配色には「永遠」「輝き」を表しています。このシンボルマークを見た時、まずその造形の美しさに惹かれました。そしてその形である理由、コンセプトを知り、さらにこのマークの魅力が大きくなりました。

例3)そろそろひるめし

AD/D:荒砂智之(baigie

最後の一つ、こちらは私が2年ほど前に運営していた、東京都港区赤坂でのランチの記録を綴ったサイト、そろそろひるめし@赤坂のシンボルマークです。ターゲットは赤坂で働くビジネスマン。日々仕事に追われる忙しい毎日の中、ランチタイムくらいは共に働く仲間と美味しいご飯を囲み、和やかな時間を過ごしてもらいたい。サイトから感じてもらいたい楽しさ、和やかさ、安心感を、ランチを示す「昼」という漢字と、どこか人を安心させる表情の「顔」を組み合わせて表現しました。

3つの実例はいかがだったでしょうか。特に最初の2つの実例は、造形としての美しさと考え抜かれたコンセプト」が、とても高いレベルで共存していると思います。3つ目の例は手前味噌ですが、最初の2つの実例のクオリティに少しでも近づきたいと考えて作ったもので、サイトを見ていただいたいろんな方々から良い反響をいただきました。その時、この記事で述べている2つの力の考え方に確信を持ったのです。

2つの力を身につけるためにデザイナーがすべきこと

まとめとして、前述した2つの力を高いレベルで身に付けるために、具体的にデザイナーがやるべきことを考えてみたいと思います。

造形としての美しいものを作る力を身につけるためにすべきことは「表現力の探究」です。自分がそれまで培ってきた技術におぼれることなく、常に優れたデザインを沢山見て、見るだけでなく何が凄いのか、何が魅力的なのかを分析し、アウトプットする習慣を付けることが重要です。特に若手と呼ばれる時期を過ぎて幾つかの成功体験を得た人は、自分の経験則のみで物事を判断してしまいがち。自分の力を過信することなく、貪欲にいろんなものを吸収する姿勢が重要です。

そして、考え抜かれたコンセプトを提案するために習得すべきことは「自分の考えを言葉・文章に置き換える力」です。デザインを作った時、なんとなく感じるままに、なんとなくPC上で形作ることもあるでしょう。しかし、伝えたい相手にコンセプトを説明する上では、きちんと自分の考えを言葉・文章にまとめなくてはなりません。この力を鍛えるためには、お客様や社内のスタッフにデザインを共有する時に、必ず自分の言葉で説明を付け加えて共有する癖を付け、トライ&エラーを繰り返すと良いと思います。

デザインの提出時には、この2つの要素がバランスよく備わっているかチェックしてみることをオススメします。